ポストカードに顔彩(絵の具)を使い、3種類の書体(楷書・ゆる文字・かな文字)を筆で描いています
クラフトパンチで紅梅色の帽子をかぶった妖精さんたちや、チョウチョを作って飾り付けしているので、ぜひ!見てくださいな♪
他にも歌意・解説あり
最後に「わたしのひとりごと」
※画像はクリックで拡大するよ!

恨みと悲しみ、アゲハ蝶が乱舞している光景をイメージしてみたよ!
蝶々と一緒に飛びまわっている妖精さんたちが楽しそうだね!
かいしょであそぼ!

恨みわび ほさぬ袖だに
あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
歌の意味
冷たいあの人を恨み
悲しんで…
涙で乾く間もない着物の袖が
ぼろぼろになり
ダメになってしまうように
この恋の噂のせいで
私の名声をダメにすることが
惜しまれてならないのです
言葉の意味
【恨みわび】
冷たい人を恨み
自分の不幸を悲しんで
【ほさぬ袖】
涙に濡れて乾くひまもない袖
【恋に朽ちなむ】
恋のせいでダメになる
【名こそ惜しけれ】
名声・評判を失いたくない
ゆる文字であそぼ!

歌の解説
詞書(ことばがき)には…
「永承六年内裏歌合せに」と記載がある
1051年の内裏歌合せ
お題は「恋」
相模が右近少将 源隆俊と競い勝利した時の歌である
この歌合せの時
相模は50歳を越えていた
そのため、現実にあったことを歌にしたのではなく、自身の結婚生活や過去の恋愛、そして苦労が絶えなかった宮仕えの心情をよんだのではないかとされている
恋に朽ちなむには2つの意味がある
上の句では…
相手の思いやりのなさを恨み悲しくて泣き続け、涙をぬぐう着物の袖が朽ちてしまう
下の句では…
恋に破れて涙を流し泣き続けていることが噂になり、自分自身の評判が朽ちてしまう
「朽ちなむ」の意味は…
腐ってぼろぼろになる
名声が失われる
むなしく終わるなど
上の句と下の句で二重の苦悩を表現している
相模ってどんな人?
相模(さがみ)
〔生没年不詳〕
本名は不明
夫の役職が相模守で相模国(神奈川県)に住んでいたことに由来する
実父は不詳
平安中期に財力と武勇をほこった武将
源 頼光の養女になる

源頼光は多くの逸話がある人物で、大江山で暴れていた鬼を退治したエピソードもあるんだって!
結婚生活が上手くいかず離婚
一条天皇(第66代天皇)と中宮定子の第一皇女である脩子内親王
後朱雀天皇(第69代天皇)の祐子内親王に仕え、歌人として活躍する

中宮定子は清少納言が『枕草子』を描くきっかけとなった女性だよ!
宮中に仕えていた期間に数多くの歌合せに参加し、70歳前後で亡くなるまで歌人として全うした
かな文字であそぼ!

うらみ王ひ 本さぬ袖多耳
あるもの越
恋にくち那牟 名こ曽をし介れ
わたしのひとりごと
神奈川県の相模に住んでいたから相模さん
相模といえば相模湖

わたしにとってドライブやキャンプで遊びに行ったことがある懐かしい思い出の場所だ
そんな彼女のよむ歌は、情熱的で妖艶な恋の歌が多かった
相模がアラフィフの頃によんだこの歌は、実体験にもとづいたものではないらしいのだが…
恋多き女性だったらしく、結婚生活の悩みも色々あって実感がこめられている
なぜなら、夫がハラスメント男だから…
大江公資に強引に妻にされる
京の都を離れて赴任先の相模国(神奈川県)に行くことは、彼女にとって不本意であった
夫の公資はささいなことに機嫌をそこねて、相模が創作した歌集や物語を探し出し焼き捨てるなどしたため、夫婦喧嘩が絶えなかったようである
帰京後
妻としてふさわしくないと思った夫は相模と離婚
次の赴任先となった近江国(滋賀県)には、別の女性と共に行ってしまうのだった
結婚生活に悩んでいた相模
1024年正月
自身の思いをよんだ百首の歌を「走湯権現」の社頭に奉納
その後
権現から百首の返歌がおくられる
それに対して相模は更に百首の返歌をよんだのだった
歌の中には夫と愛人を訴える歌もあったという
静岡県熱海市の伊豆山神社
古くは「走湯権現」とも呼ばれていた


海岸にそって走るように温泉が湧いたため「走湯」と呼ばれていたらしいよ!
「恨みわび~♪」の歌は…
着物の袖は涙でぼろぼろになり、さらに自分の名声に傷がついてしまう、踏んだり蹴ったりのような歌なんだけれど…
結婚生活も波乱万丈だったみたいだね!
奉納した歌の内容は、夫との不仲や孤独を嘆くものが多かったらしい
その中に…
相模が子を願う歌がある
光あらむ 玉の男子 見てしがな
かき撫でつつも 生ほしたつべき
【歌の意味】
光りかがやく玉のような
男の子を見たいものだなぁ
いつくしみ
かき撫でながら育てられる
男の子を…
男の子を授かれば夫婦円満になるのではないかと思ったのだろうか…
何だか切なくなる
夫が辛くあたるのは…
歌の才能があり世間の評判が良かった相模に、劣等感を抱いていたからともいわれている
離婚してからは宮中に仕え
64番の権中納言定頼や橘 則長など、貴族との恋愛もあったようだが上手くいかなかった

橘則長は清少納言の息子さんだよ!
そして…
40歳すぎてから、本格的に歌壇活動を始めた相模はすごかった!
まさに「水を得た魚」
苦しく悲しかった過去の思い出を歌にして女流歌人として活躍する
この歌をよんだ「永承六年内裏歌合」では10人の歌人がよばれ
相模は唯一の女性だった!
当時の関白左大臣 藤原頼通が主催した「賀陽院水閣歌合」で相模の歌がよみあげられると、御殿が感嘆の声で震えたという逸話があるほどだ
結婚生活の苦労を糧に自分の心の声を歌にして、亡くなるまで現役歌人で頑張っていた相模
清少納言や紫式部のように、自立した女性として生きていく彼女をかっこ良く思う
それにしても…
不機嫌ハラスメントの元夫が、相模の創作した歌集や物語を焼き捨てさえしなければ…
『枕草子』や『源氏物語』のように…
語り継がれる書物として残っていたのではないかと思うと残念でならない
( ノД`)シクシク…
参考文献
【書籍】
1.神作光一 監修
小学生のまんが百人一首辞典
出版社 学研プラス/256頁
発売日2005年12月
2.著書 小池昌代
ときめき百人一首(14歳の世渡り術)
出版社 河出書房新社/256頁
発売日1017年2月
3.吉海直人 監修
百人一首大事典 ―完全絵図解説―
出版社 あかね書房/143頁
発売日 2006年12月
4.著書 佐佐木幸綱
口語訳詩で味わう百人一首
出版社 さ・え・ら書房/221頁
発行日 2003年12月
5.著書 富谷松雲
(ポケット版)常用漢字準拠
―八体事典―
出版社 有紀書房/400頁
発行日 1993年4月
6.編集 千草会/発行者 内山清蔵
百人一首
発行所 松魁堂/113頁
発行日 1998年5月
【Webサイトの記事】
1.フリー百科事典 ―Wikipedia―
相模(歌人)
経歴・逸話・作品
更新日 2024年1月17日
参照日 2024年6月24日
2.百人一首を探ろう
相模
プロフィール・百人一首和歌へ
参照日 2024年6月24日
3.変体仮名を調べる
―五十音順一覧―
参照日 2024年6月24日
【写真】
1.写真のフリー素材サイト
―Photo AC―
相模湖・伊豆山神社