百人一首(63)左京大夫道雅/今はただ思ひ絶えなむ…楷書・ゆる文字・かな文字で描く書道アート

63番・左京大夫道雅の和歌

ポストカードに顔彩(絵の具)を使い、3種類の書体(楷書・ゆる文字・かな文字)をで描いています

クラフトパンチでこがね色の帽子をかぶった妖精さんたちや、お花を作って飾り付けしているので、ぜひ!見てくださいな♪

他にも歌意・解説あり

最後に「わたしのひとりごと」

※画像はクリックで拡大するよ!

引き裂かれた恋

心の花が切り落とされてしまった悲しい風景をイメージしてみたよ!

妖精さんが持っているお花は誰に渡すのかな?

かいしょであそぼ!

出典:後拾遺和歌集 恋

いまはただ おもえな

とばかりを

ひとづてならで いよしもがな

歌の意味

今となっては

あなたへの思いをあきらめます

ただ、一言だけでいい

人づてではなく

直接あなたに

伝える手立てが欲しい

そう思っているのです

言葉の意味

【今はただ】
 今となってはもう

【思ひ絶えなむ】
 恋する思いをあきらめる

【とばかりを】
 ~ということだけを
 ~という一言だけを

【人づてならで】
 人を通して伝えるのではなく
 自分が直接に

【いふよしもがな】
 言う方法・手段
 「もがな」は願望を表す言葉

ゆる文字であそぼ!

歌の解説

詞書(ことばがき)には…

「伊勢の斎宮を勤めて帰京した内親王のもとに通っていたことが発覚し、見張りをつけてうことができなくなり歌をよむ」と書かれている

内親王とは…

68番の三条院(第67代天皇)の皇女

当子とうし内親王のことである

伊勢の斎宮の勤めが解かれ

京の都に戻って来た当子内親王

自由の身になった彼女のもとに、左京大夫道雅ひそかに通うようになる

当子17歳、道雅24歳であった

そのうわさは父の三条院の耳にも届き

家の没落ぼつらくで荒れた生活を送っている男との恋愛に激怒する

2人の間を取り次いだ女房(女官)を追放し、当子は母のもとで厳しい見張りを付けられてしまったのだった

当子内親王えないよう警護がつけられ別れることになってしまった左京大夫道雅が、もう一度逢って気持ちを伝えたいという悲痛な思いが込められた歌である

この歌は43番の権中納言敦忠の本歌取りである

出典:後撰和歌集 恋

いかにして かくおもてふちょう

ことをだに

人づてならで きみかたらむ

【歌の意味】

どうにかして

このように思っている事だけでも

人づてでなく

直接あなたにお話ししたいものです

敦忠と醍醐だいご天皇(第60代天皇)の皇女である雅子がし内親王の悲恋がよく知られていて、禁じられた自身の恋と状況が似ていたからと思われる

左京大夫道雅ってどんな人?

左京大夫道雅
(さきょうのだいぶみちまさ)
〔993~1054年〕

本名は藤原道雅(ふじわらのみちまさ)

役職名は左京大夫

祖父は藤原道隆

祖母は54番の儀同三司母

父は藤原伊周これちか

父である伊周が藤原道長との政権争いに負け、幼い頃から不幸な人生を送っていた

貴族としては役職が最下位であったが、徐々に出世していく

三条天皇(第67代天皇)が退位した後

天皇の皇女である当子内親王との恋愛が発覚し、妻とも別れ、政治の表舞台から遠ざけられた

その後、荒れ果てた生活を送っていたといわれている

1045年に左京大夫の役職に就くが、それ以上は昇進しなかった

1054年に出家、63歳で逝去せいきょ

かな文字であそぼ!

変体仮名:もとの漢字

いま多ゝたた おもえなむ

登八可とはか

ひとつてらて いふよしもかな

わたしのひとりごと

」があれば必ず「」が生まれる

」がなければ「」は存在しない

この陰と陽の依存関係を「陰陽互根いんようごこん」という

陰陽 ーPhoto AC-

陰と陽、光と闇…

きらびやかな平安時代

裏では政権争いというやみがつきまとう

藤原道雅もけして身分が低いわけではない

祖父が関白の時代は栄華えいがを極めていた家柄だったのだから

それでも…

見張りを付けてまで逢わせないようにするなんて尋常じゃない気がする

14歳から16歳までの数年間

斎宮として務めを果たした当子とうし内親王

斎宮」とは伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王のこと

神に仕える巫女のため、務めている期間は恋愛禁止だったんだよ!

当子内親王が帰京したのは…

三条天皇が病気のため譲位したからである

斎宮」が帰京したということは、天皇が替わったことを意味するんだね!

【引き裂かれた恋】

996年

道雅の父である藤原伊周これちかが自身の勘違いにより、花山かざん法皇(第65代天皇)に弓を射ってしまう事件(長徳の変)を起こしている

暗殺されかけた花山法皇と三条院は義母兄弟

もしかしたら…

今度は自分が、道雅に殺されるのでは⁉」と妄想していたのではないだろうか

しかも…

病気を理由に「天皇を譲位しろ!」とせまったのは、道雅の祖父の弟である藤原道長

譲位したくなかった三条院は、そうとう苛立いらだっていていたらしい

激怒して見張りまで付けて逢わせないようにしたのも、自身の苛立ちからだったのかもしれない

【恋の行方】

斎宮を務めている期間は恋愛禁止であるが、辞めてからは特に問題ない

まわりからは同情が寄せられていた

今昔物語集』に道雅の性格は「放逸ほういつ邪見じゃけんなる人」と書かれている

勝手気ままにふるまい

仏法の道理をわきまえない、ひねくれた心の持ち主という意味である

公的な場所で暴言を

下級官人に暴行を加える

博打ばくちにからんだ乱闘事件を起こす

などなど…

道雅は人々から「荒三位あらざんみ」「悪三位あくざんみ」と呼ばれてしまうほど恐れられていたようだ

孤独や絶望の表れだったのでは?」といわれている

権力者だった藤原道長も、亡き兄の孫のひどいありさまに涙したみたいだよ!

一方、当子内親王は…

父である三条院が退位の翌年に崩御

禁じられた恋の悲しみのあまり

出家して尼になる

その5年後

彼女は22歳の若さで生涯を閉じてしまったのだ

は本当に悪人だったのだろうか?

もう1つの藤原道雅の失恋の歌

出典:後拾遺和歌集 恋

なみだやは またもふべき

つまなら

くよりほかの なぐさめぞなき

【歌の意味】

涙がまたあの人にうための

糸口になるだろうか?

そんなわけがないのに…

今の私には泣く以外に

何のなぐさめにもならない

さすが儀同三司母のお孫さま

心の叫びが聞こえる

2人がハッピーエンドだったならば

道雅は出世して、時の権力者になっていたのかもしれない

祖父のように権力を握った瞬間

闇落ちしてしまうかは知らんけど…

参考文献

【書籍】

1.神作光一 監修
 小学生のまんが百人一首辞典
 出版社 学研プラス/256頁
 発売日2005年12月

2.著書 小池昌代
 ときめき百人一首(14歳の世渡り術)
 出版社 河出書房新社/256頁
 発売日1017年2月

3.吉海直人 監修
 百人一首大事典 ―完全絵図解説―
 出版社 あかね書房/143頁
 発売日 2006年12月

4.著書 佐佐木幸綱
 口語訳詩で味わう百人一首
 出版社 さ・え・ら書房/221頁
 発行日 2003年12月

5.著書 富谷松雲
 (ポケット版)常用漢字準拠
 ―八体事典―
 出版社 有紀書房/400頁
 発行日 1993年4月

6.編集 千草会/発行者 内山清蔵
 百人一首
 発行所 松魁堂/113頁
 発行日 1998年5月

【Webサイトの記事】

1.フリー百科事典 ―Wikipedia―
 藤原道雅
 経歴・人物・官歴
 更新日 2024年5月19日
 参照日 2024年5月25日

 当子内親王
 生涯
 更新日 2024年5月3日
 参照日 2024年5月25日

2.百人一首を探ろう
 左京大夫道雅
 プロフィール・百人一首和歌へ
 参照日 2024年5月25日

3.変体仮名を調べる
 ―五十音順一覧―
 参照日 2024年5月25日

【写真】

1.写真のフリー素材サイト
 ―Photo AC―
 陰陽

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